一枚随筆の最近のブログ記事

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「百パーセントの自信があると言いながら、政権奪取の夢が破れた加藤さんも格好悪いが支持率が下がって野中さんに見放されても夢が覚めん、森さんにもあきれるよのー」

「夢が破れるぐらいまだええよ。家や仕事を失い親子が離れて暮らす三宅島の人や、バスジャックのような狂気の殺人犯の被害者はまさに悪夢、ほんまに気の毒じゃ」

「まあ、夢が叶うたのはオリンピックのゴールドメダリストぐらいかあ」

「ほんま、近頃交通事故や犯罪は増え続けるし、わしらはIT革命いうもんにもようついていけんし、夢も希望もありゃせん」

「ところで、あんたは宝くじで三億円の夢は買わんのかい」

「あんとなもんは儚い夢、当たっても人生狂わせるだけじゃわい。夢はヤワラちゃんやキューちゃんのように、努力の上に積み重ねて初めて叶うもんよ」

---師走の巷の片隅で老人達の会話が続く。

平成13年1月9日

「わしらも年をとってもう枯木じゃのう」

「うん、枯木や枯葉は朽ちて次の新しい芽を

育てる肥やしになる。人に嫌われるゴミに

なっちゃーいけんが、ええ肥やしになりた

いもんよのー」

「あんたはまだ水気が十分残っとるけえ、枯

木とは言えんで」

「えっ、そりゃあ色気があるということかい」

 週に一度、老友夫婦を訪ねて、こんな他愛

の無い会話を楽しんでいる。

平成12年11月

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 山陰の松江に、人様の面倒をよくみる気立てのええ一人の爺様がおったと。

 ある時、爺様は飼うていた鈴虫を隣の家の婆様と分けることになった。だが虫を入れた甕の蓋を開けた時、虫が逃げ出したらつかまえるのに手古摺るだろうと案じて、四畳半に蚊帳を吊り、その中で婆様と一匹ずつ虫の数を数えながら、仲良く分けたげな。

 そしてやっと分け終わって、お茶を持って来た爺様の連れ合いの婆様に、隣の婆様が「ねえ、ツルさん。わたしゃあ、もし生まれかわれたらここのお爺さんと夫婦になりたいがあんたそれでもええ?」と聞いたんと。するとその婆様は「ああ、ええよ」と別に嫉妬する風もなく、いとも簡単に答えたそうな。

 これは私の知り合いの女性から聞いた。彼女と舅と姑さんの実話だ。姑さんは夫が亡くなった後も蚊帳を吊る頃になると、その話を家族によく聞かせたそうだ。女にもてた我が亭主を誇らし気な様子がうかがえて面白い。

  一枚随筆  平成12年7月

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 駅長がそばを打って食べさせる駅があると友人から聞き、早速連休に行ってみた。場所は松本清張の小説「砂の器」にも登場するJR木次線亀嵩駅である。屋号は扇屋だ。

 主の杠(ゆずりは)隆吉氏は、もとは農業をしていたが、国鉄合理化に伴う業務の民間委託を町から頼まれた。そして昔はこの駅でそば粉を貨車に積むほど作られ、近くに粉をひく水車小屋も残っていたことから、昭和四十八年に駅で手打ちのそば屋を始めた。

 さて肝心の味の方であるが、同行したグルメ通のカミさんは「通りがかりのついでに寄るんならええが、わざわざ食べに来るほどではないねえ」と採点が辛い。そう言われればなるほどそばつゆがやや醤油辛いようだし、そばの打ち方も素人くさい。しかし、割子そば一人前が五八〇円だから腹は立てられぬ。

 私は味よりも、壁に掛けられた数々の訪れた有名人のサイン入り色紙や、地方紙に取り上げられた切抜き記事が空々しく気になった。

一枚随筆  平成12年6月

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 十月九・十日、西条で酒祭りがあった。駅から蔵元まで人の流れは絶え間が無い。

 酒屋のシンボルマークともいえる杉玉は新酒ができたという合図で、酒の神様奈良三輪神社の杉の葉を球形に束ねたものから始まったのだそうだ。白牡丹酒造ではよく見かける茶色の枯れた球ではなく、緑の杉玉を初めて目にした。それぞれの蔵元で、利き酒や仕込み水の試飲などをしながら見て廻る。

 昼食は最上の郷土料理美酒鍋(びしょなべ)を食べた。これは、杜氏の下で働く「びしょ」と呼ばれた出稼ぎの人たちの料理で、冬の寒さを凌ぐ最適のエネルギー源だったようだ。

 レシピは、鶏肉豚肉椎茸白菜ネギニラゴボウ豆腐などを煮立てた酒の中に入れ、塩と胡椒で味を付ける。あっさりして美味だった。

 カミさんの土産に本日限定のにごり酒と大吟醸の格安を買って帰る。文字通り秋晴れの一日、安・近・楽のなかなかよい旅だった。

 利き酒に下戸の手も出る酒祭り(当日作)

一枚随筆  平成11年12月

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「蛾」は「蛇」に次いで難問だ。「麦・虹」と比較的書き易い題が続いて投稿が増えたので、出題者が難易度を上げて投稿数を押さえようとしているのではないかと勘繰りたくなる。

「蛾」に関する資料を集めたり、「蛾」をネタにして時流を斜めに切る例の手を使えば-

 

 窓に網戸などなかった子どもの頃は、夏の

夜の蚊帳の上の電燈に蛾やカナブンなど色々

な虫が集まって来た。田には誘蛾灯もあった。

 そして、その虫たちを餌にするヤモリ、クモ、

蛙などの小動物が家の内外に見られた。

 しかし、網戸や各種の殺虫剤の普及でこれ

らの虫や小動物は姿を消した。清潔で快適な

暮らしはできるし、農作物の被害も防げるが

昆虫は買わねば飼えぬし、薬品に含まれる

有害物質に人も晒される恐い時代になった。

 

-と書けるがそれもしたくない。

 毎日何か良い方法はないか、新ネタは見付からぬか苦闘している。クモの巣の糸に捕らえられた蛾のように私は今ももがいている。

一枚随筆 平成11年9月

※有志の集まり「ともしび会」では 毎月 「蛾」のように課題が出される。その課題を受けて、十行随筆を作って 持ち寄っている。

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 ずっと以前は、通り雨が去って太陽が雲の

間から顔を出すと、美しい虹を見ることが多か

ったのに、近頃はあまりないように思う。

 「虹・レインボー」の言葉には何か夢や希望

を感じさせる働きがあるようで、会の名称や

店の名前によく使われているし、虹の端が接

する地面を掘ると宝物が出るとも伝えられる。

 虹の現象が減ったのは、地球の環境破壊が

進んできたからであろうか。それとも夢や希

望をなくした人間が増えたからであろうか。

 

ーーと書いてみたがどうも気に入らぬ。十日も過ぎた頃、友人の少年詩集「水の中の虹」に気が付き、早速ページをめくる。

 二十才になった十一名の若者たちが、二年生の時に担任だった彼と当時交わした言葉どおり、師弟が一緒に富士山に登った事を書いた叙事詩「二十才の約束」に胸を打たれる。

 そうだ、明日は久しぶりに長い闘病生活を送っている彼を見舞いに行こう。そうすればもしかすると虹の懸橋が現れるかも知れぬ。

平成11年8月

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