私は牛田で生まれ育った。そして、その家の情景は夢の中で鮮明に出てくるのに、今住んでいる江波の家の夢は、殆ど見ることがない。これはなぜであろうか。
やはり、八月六日の原爆によって焼失し、夕方家にたどりついて、灰燼に帰して変わり果てた姿を見たときのショックが潜在意識として心のどこかにまだ残っているからであろうか。
今も世界のあちらこちらで、私と同じ戦争の悲しみを味わっている人たちが絶えない。本当に心の傷むことだ。
その四十九回目の八月六日が明日やってくる。私は朝早く、静かなまだほの暗い光の中で慰霊碑に祈りを捧げたい。
三百字随筆
平成五年