背丈を越すほどの高さで大輪の頭状花を横
向きに開き、周辺に鮮明な黄色の太陽の炎の
ような舌状花をつけた日向葵は、いかにもたく
ましい盛夏の花と言った感じがする。
日向葵といえば、炎の画家と呼ばれたゴッホ
の生涯が、その花の絵と共に強烈で印象的で
ある。しかし、彼の絵が世に認められるように
なったのは、死後十二年も後の事だ。
日向葵がすきで狂いて死にし画家--虚子
梅雨が明け、日向葵の夏、炎熱の夏が来る。
平成10年8月
背丈を越すほどの高さで大輪の頭状花を横
向きに開き、周辺に鮮明な黄色の太陽の炎の
ような舌状花をつけた日向葵は、いかにもたく
ましい盛夏の花と言った感じがする。
日向葵といえば、炎の画家と呼ばれたゴッホ
の生涯が、その花の絵と共に強烈で印象的で
ある。しかし、彼の絵が世に認められるように
なったのは、死後十二年も後の事だ。
日向葵がすきで狂いて死にし画家--虚子
梅雨が明け、日向葵の夏、炎熱の夏が来る。
平成10年8月
娘の結婚式の日、礼装に着替える時になっ
て白いワイシャツを忘れて来た事に気付いた。
運悪く朝一番の挙式で、取りにも帰れぬし
式場近くの百貨店で買おうにもまだ開いてい
ない。やむなく知人に借りる事にして留守で
ない事を祈りながら電話をかけ届けてもらう。
サイズが小さく首のボタンんもはまらないが贅
沢は言っておられない。ネクタイでごまかす。
やっと式に間に合って式場に入ったとたん
安堵の吐息と共に汗が一度に噴き出した。
平成10年7月
「どうしたんだ、それってここの名物だよ」
「そうか、最後にゆっくり食べるんだ。」
いつまでも箸をつけないのをいぶかった隣
の先輩が、声かけをし言葉をつないだ。
目の前の涼しげな皿の中の鮎は、昼間、近
くの渓流でにわか釣人を魅了した流れるよう
な美しさとは逆に、硬直した尾びれの折れ曲
がったところや小さな目が悲しげだった。
昭和三十九年盛夏。湯の山温泉白雲閣。宴
席で初めて見てから、焼き鮎は口にしない。
平成10年6月
昨年、庭の片隅に縦横一間、文字通りの一
坪菜園を造り、トマトの苗を植えた。
苗の時は弱々しく何とも頼りなかったが、
根を張り葉が生い茂って勢いづいてくると、
茎を増やそうとして芽をどんどん出して来た。
せっかく出た芽を取るに忍びずそのままにし
ていたら、茎が増え過ぎて、ついには自分の
重みで根元からポキリと折れてしまった。
どこか、我が家の孫の育て方にも通じる
ところがあるように思われた。
平成10年5月
桜の鼻の金釦のついた制服を着て小学校一年
生となる。国語読本は、サイタ サイタ サクラガ
サイタ/で始まる。
中学生になると、貴様と俺とは同期の桜/七つ
釦は桜に錨/花も蕾の若桜etcの軍歌を歌いな
がら軍事教練や勤労動員に汗を流す。
散る事ばかりを叩き込まれるが、散る桜残る桜
も散る桜/とならず終戦を迎える。
今、かつての軍国少年も樹齢七十年。さまざま
な事思い出す桜かな(芭蕉)である。
平成10年4月
S女は桁外れに面白い、ユニークな人だ。
雛祭りの季節になると、デパートに一人娘
を連れて行き、「お家が狭いからここに預けて
あるのよ」と、人形売場の前の記念撮影で済
ませる。知恵がついてウソがバレても「ここ
なら毎年新しいのが沢山見られていいわよ」
と少しも動じない。それでも娘は親を恨みも
せず素直に成長し、立派な教師になった。
それに比べ私は、清水の舞台から飛び降り
る思いで雛人形を買う親馬鹿の見本だった。
平成10年3月
カミさんは酸っぱいものが苦手で、トマトに
まで砂糖をつけて食べるほどだ。
それなのに毎年高い金を掛け、上質の梅や
紫蘇を買い梅干しを漬けている。夏の土用に
なると大きな笊に一つ一つ丁寧に並べ、毎日
ひっくり返しながら干して、手間も掛けている。
だが食卓に上がることはめったにない。
不思議に思って尋ねると、「漬けるのが趣味
だから」と曰う。しかたなく私は梅丹を買って
机上に置き、時々口に入れている。
平成10年2月
「まだ揚げ初めし前髪の、リンゴの蔭に見
えし時・・」---藤村の「初恋」は、私の
好きな詩の一つである。
カミさんとのなれ初めの始めは夏休みのキ
ャンプからで、初恋ではなかった。母が病身
だったので、体が丈夫そうで人の陰口を言わ
ないのが気に入り、器量の方は目をつむる事
にして、一緒になった。
だが、今では女同士で集まると、連れ合い
の棚卸ろしをして憂さを晴らしている。
平成10年1月
暮れかかった道端に転がる黒い塊を、南瓜
でも焼けているのだろうと思いながらまたい
だ瞬間、私は思わずぎょっとした。人の顔だ。
よく見れば眼、鼻、口の所に穴があき、首
の下にも肩の骨がわずか残っている。しかも
焼け跡の位置から考えると、顔見知りの老人
のものと思われた。八月六日以後も当分の間
広島の町にはこのような炭化した死体が川や
道に放置され、焦げた肉片の異臭が溢れた。
この地獄図を風化させてはならない。
平成9年12月
凩は「木枯し」とも書く。
春を告げる南からの強風を春一番というの
に、初冬に吹く風は冬一番といわないで、木
枯らし一号、二号と、まるでJRの特急の愛
称のような呼び方をするところが面白い。
秋のひととき、めくるめく彩りに燃え立木
の葉を凩は容赦なく吹き落していき、木々
は休息の安らぎに入る。そんな時、ふと「枯
葉」を歌う、在りし日のイブ・モンタンの黒
のタートルネックの姿が目に浮かんでくる。
平成9年11月
江波に住居を移した時、前の地主が一本の
柿の木を残していってくれた。
窓の近くにあったので、カミさんは木の下に
大きな穴を掘って、冬の間ミカンを食べる度に
窓を開けてはポイと皮を捨てていた。そのせい
か毎年よく実った。しかし、ガレージを造る為
木は切られた。そして今は、裏の家からやって
来て食べ物を要求したり、使いっ放し片付け
もせずに帰っていく孫猿たちに、ジイさんとバア
さんの蟹は手を焼いている。
平成9年10月
屋外は真夏だというのに、気温十五度。涼
しさを通り越して、長袖のシャツでも肌寒い
ぐらいだ。ところが、屋内のテレビには、三
十八度を越す暑さの中で行われている、広島
市民球場のナイター中継が映っている。囲炉
裏を囲む食卓には、冷えたビールではなく、
熱燗の銚子と新鮮な海胆の鉢がある。
ここ、三陸海岸の民宿に来て初めて、賢治
の詩「雨ニモマケズ」の一節、----寒サノ
夏ハオロオロ歩キ---を体で知らされた。
「次の題は蛇にします」藤井さんの返事を聞
いた時は、本当に困った。「難しいねえ。ま
あ、いよいよの時はいつもの手を使うかと言
うと「蛇にも色々あってと始まって、次は・・
・・終わりは・・・・となるんでしょう」
手の内を見通されたのではこれも駄目だ。
――待てよ、今の彼の発言は「蛇の道は蛇」
ではないか。しめた。これでいこう――――
私はにんまりとしながら、藪蛇になった藤
井さんを八丁堀で車から降ろした。
平成9年8月
補足:出された題目について 十行随筆を書いて文集をつくるグループがあります。うまじ~はその一員。
上根バイパスを上り、土師ダムへの別れ道
を過ぎて右へ大きく曲がると、急に視界がさえ
ぎられた。可愛川の霧である。蛇行する川に
沿って、大河ドラマ「毛利元就」の古戦場が
展開する。夜が明けてきたが、濃く深い霧で
ライトをつけたまま走る。作品の中の霧の情
景や、兵たちの栄枯盛衰を思い浮かべてい
るうちに、志和地の畑に着く。
いつも退屈だった私の農園通いを、一人の
作家が楽しいものにしてくれた。
平成9年7月
カエルの仲間にも色々あって、小さく愛らしい
雨蛙や美声の河鹿もいれば、太い声の持ち主で
体の大きな牛蛙もいる。ひき蛙は蟇とも呼ば
れ、イボがあったり、体の色や模様がグロテ
スクで歓迎されず、歌舞伎の児雷也や薬売り
の口上では、化物にもされている。ところが
実際は、見かけの鈍重さとは打って変わって
見事な早技で害虫を食べてくれている。
近頃は、役人や大企業の幹部の中に、全く
アキレカエルようなものもいる。