うまじ~の十行随筆

ぴったり十行で表現する自作作品集

登山靴顛末記 続き

by うまじ~ - 7 月 1st, 2008.
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わけあり登山靴

夏山なら布製のキャラバンシューズでも間に合うが、冬山では皮の登山靴は絶対欠かすことのできない装備だ。

困った彼は、私の持っていた、登山靴の老舗吉田屋製の自慢の靴に目を着け、「あんたはええ靴持っとるのう。山へ登れんようになったら、わしが履いたるけ譲れ」と迫ってきた。そこで私も負けずに「いや、この靴はあんたには絶対に譲れん。もし、あんたが冬山で遭難したら、わしが一番に捜索に駆けつけにぁならんでのおう。その時履く靴がないと困るけえ譲れんわい。」と拒んだ。

この「譲れ」「譲らぬ」の応酬は、お互いに勤務校が変わっても、国語の会合で飲むたびに執拗に繰り返された。そしてお互いの山登りは、多忙や老化も加わっていつしか途絶えがちとなった。しかし、彼は、二番目の詩集「水の中の虹」では 「山が呼んでいる」と題して八編の山の詩を載せ、相変わらず山への情熱を燃やし続けていた。

そして、共に還暦を迎えた今年、Eさんから三冊目の詩集が届けられた。

「水辺の祈り」である。

それには山の詩は一編も載せられてはいないが、彼がかつて対峙した穂高の岩峰や、氷雪の大山頂上の詩に、はるかに勝る気迫を感じることができた。私も同じ被爆者の一人である。彼の詩の一言一句が全て胸に響き、それは同時に私の願いでもあった。八月六日の状況がまざまざと頭に浮かび、感動の涙があふれた。

そこで、私は感謝の気持ちを表わし、彼の還暦を祝って、とうとう彼が欲しがっていた私の登山靴を贈ることに決めたのである。

 

過日、御子息のJ君を通して渡してもらったところ、足の大きさもちょうど合ったようで、私もうれしかった。この山靴から今後も第四、第五・・・と詩集が生まれるであろう。

ところで、この私の拙文をお読みいただいた方は、私が彼に登山靴を贈った本当のねらいが何か、もうお分かりいただけたであろうか。




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